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歌川広重(安藤広重)の作 品
および
江戸時代遠近法の流れ上・下巻に掲載出来なかった作品

および
1830年以降の作品を集 めた

名作集



歌川広重 (1797-1858) 「木曽路の山川」(1857)

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歌川広重 (1797-1858) 「東海道五十三次の内 小田原」(1833,34)

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歌川広重 (1797-1858) 「東海道五十三次の内 箱根」(1833,34)

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歌川広重 (1797-1858) 「東海道五十三次の内 金谷」

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歌川広重 (1797-1858) 「東海道五十三次の内 原」

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歌川広重 (1797-1858) 「富士三十六景 東都佃沖」

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歌川広重 (1797-1858) 「名所江戸百景 深川洲崎十万茅坪」(1856)

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歌川派の始祖 歌川豊春 (1735-1814) 「浮絵 和国景夕品川見通しの図」

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歌川豊春 (1735-1814)

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勝川春章(1726?-1792)

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勝川派の方の作品(落款が切れていて確認出来ません)

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「鈴木春信」を名のった司馬江漢(1738-1818)の作品と推定されるもの。「楼上縁先美人」

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司馬江漢(1738-1818)

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上の絵や、よく本で紹介されている陶器工場の図(実際は錫金属食器・器の工場)など
江漢が 西洋の情景を描いたものの中には、1694年オランダで初版が出版された
ヤン・ライケン「Menselijk Bedrijf:人の仕事」が参照されていると思われる
絵が、かなりあります。

ヤン・ライケンと息子著 ・挿絵「Menselijk Bedrijf」樽職人
ライケン樽職人
オランダのフリーソースより(レタッチ加工)


ヤン・ライケンと息子著 ・挿絵「Menselijk Bedrijf」しろめ(錫合金)器職人
ライケン錫職人
オランダのフリーソースより(レタッチ加工)

ご参考:上記ヤン・ライケンの本は、日本語訳の物が出版されています。
タイトル「西洋職人図集」八坂書房、小林頼子訳・著です。



司馬江南(詳細不詳) 六樹園著「天羽衣」(文化五年:1808年)挿絵

昭和2年の刊行本を使用。



司馬江南(詳細不詳) 六樹園著「天羽衣」(文化五年:1808年)挿絵

昭和2年の刊行本を使用。



歌川豊国(初代)(1769-1825)

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歌川豊国(初代)(1769-1825)

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歌川豊広 (1773-1828or1829) 「日本三景」

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北尾政美(鍬形寫ヨ、1776-1824) 中洲夕涼

昭和4年の刊行本を使用。



北尾政美(鍬形寫ヨ、1776-1824)  「浮絵 仮名手本 忠臣蔵 五段目」

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北尾政美(鍬形寫ヨ、1776-1824)  「屋島の戦い」
屋島の戦い
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亜欧堂田善(1748-1822年) 「両国図」
田善両国夕涼の図
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亜欧堂田善の銅版画の作品に「ゼルマニア廓中之図」と言う西洋の風景を描いたものがあります。
掲載可能な絵がありませんが、元絵と思われる作品がありましたので掲載いたします。
田善の作品は、下の絵のさらに右側の部分が描かれています。
比較できる範囲では、人物描写を除き瓜二つです。

元絵ローマ
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絵の下側中央上の行に書かれている文字 「VUE D'OPTIQUE」
(正確にはUの上にウムラウト記号が付きます)は、フランス語で
日本で言う「浮絵」「眼鏡絵」を意味しているようです。
「OPTIQUE」が「覗き眼鏡」のことのようです。

西洋の「浮絵」と思われる絵をもう一枚、掲載いたします。
グラナダ
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元絵の関係も、もう一枚ご覧ください。谷文晁が「ファン・ロイエン花鳥図模写」と言う
洋画風静物画を残していますが、このファン・ロイエンと言う方と思われる絵も
見つかりましたので、掲載いたします。谷文晁の絵も、残念ながら
掲載可能なものがありません。

Willem van Royen 1645年-1723年 オランダ
本画家ロイエン文晁花鳥画
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歌川国長(1806?-1827年頃)
国長
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この方の遠近法の使い方が、この絵からでは分りにくいのですが
オランダの風景を一点透視法で描いた浮絵を何枚か残しています。



川原慶賀(1786-1861?)  長崎(オランダ船の入港の図と思われます)
川原慶賀長崎
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この方は、出島の御用絵師で、シーボルトと関係が深く、シーボルトの江戸参府にも同行しています。
シーボルトは、その著書「江戸参府紀行」の中で、この方を評して下記のように書いています。
画家としては登与助(川原慶賀)が私に随行した。
彼は長崎出身の非常にすぐれた芸術家で
とくに植物の写生に特異な腕をもち
人物画や風景画にもすでにヨーロッパの手法を
とり入れはじめていた。
彼が描いたたくさんの絵は私の著作の中で彼の
業績が真実であることを物語っている。
(平凡社、東洋文庫87、斉藤信訳より)

この方の素晴らしい作品を、かなりの量、ウェブでご覧になることが出来ます。長崎歴史文化博物館が
公開しています。この方の作品は、日本に少しはあるもるものの、多くがオランダにあるようです。
オランダのライデン国立民族学博物館に、多数残っているようです。

長崎歴史文化博物館の川原慶賀のサイトマップ・ページは
http://www.nmhc.jp/keiga01/kawaharasite/sitemap/sitemap.html
です。リンクはさせていませんので、ご覧になる方は
上のアドレスをコピー・貼り付けをして下さい。


シーボルト「江戸参府紀行」挿絵 長崎全景
シーボルト江戸参府紀行挿絵長崎全景
駿南社・異国叢書・昭和6年版「シーボルト江戸参府紀行」シーボルト著、呉秀三訳より



渓斎英泉 (1790-1848) 「江戸名所八景、洲崎落鴈」

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渓斎英泉 (1790-1848) 「江戸日本橋」

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歌川国貞(豊国3代) (1786-1864) 「東海道日本橋」

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歌川国貞 (1786-1864) 「北廊月の夜桜」

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歌川国芳 (1797-1861)  「東都名所 かすみが関」(天保初期)
国芳1
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歌川国芳 (1797-1861)  「東都三つ股の図」
国芳2
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歌川国芳 (1797-1861)  「忠臣蔵十一段目夜討の図」
国芳3
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歌川国虎 (生没年不詳) 「ロコス島湊オランダ船入津の図」(1830-44)

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私、この絵を最初に小さな状態で「浮世絵の歴史」関係の本で見た時
どんな状況を描いたのか分りませんでした。ただ、変わった絵だと
思っていました。絵の中にも書かれているように、この絵は
外国の湊の風景を描いたもののようです。カリブ海に
ロケス諸島というところがあり、現在もオランダ領の
ようですので、そこの風景なのでしょうか。(注1)
また、湊の入口に巨大な人物像を、標識と
して、作ることは他にもあったようです。
イラスト集に似た絵がありましたので
下へ掲載いたします。

湊入口の絵
OLD ENGRAVING & ILLUSTRATIONS より
追記:司馬江漢が文化2年(1805年)ごろ著した「和蘭(オランダ)通船」に
歌川国虎の絵に似た「徳楽(ロデス)島巨銅人の図」が掲載されています。

注1:ギリシャには、ロドス(Rhodes)島・港と言う所があり、ここに国虎の絵の
ような太陽神ヘリオスの巨像があったことが伝えられています。古代古典の
7不思議の1つとせれています。紀元前226年には地震により壊れてしまっ
たとも伝えられています。Colossus・ 巨像の代表格のようです。1864年版
のウェブスター辞典に、colossusの 説明として小さい挿絵がありましたので
掲載いたします。また、司馬江漢「和蘭通船」挿絵の大元となったと思われる
絵もありましたので、2枚続けてご覧ください。

ロードスの巨像
WEBSTER'S DICTIONARY 1864年より

マーテン・ファン・ヘームスケルク Martijn van Heemserck (1498-1574、蘭)
Colossus_of_Rhodes.gif
Wikimedia commons より。
この作品は、版画に手彩色です。後年、模写もされているようです。



河鍋暁斎 (1831-1889)

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河鍋暁斎 (1831-1889)

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注: 上に掲載いたしました絵は、全て、フォト・レタッチ・ソフトによる加工を行っています。






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