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17世紀のオランダが生んだ『市民的家庭生活が中心』の 絵画をご紹介するウェブギャラリーです。


17世紀オランダの風景画と生活画

レ ンブラントの素描・ 版画編


Rembrandt van Rijn (1606-1669) SIX'S BRIDGE 1645年 (B208 S2)
SIX BRIDGE 1645
source: REMBRANDT'S ETCHINGS 1912



Rembrandt van Rijn (1606-1669) THE OMVAL 1645年 (B209)
THE OMVAL 1645
source: REMBRANDT'S ETCHINGS 1912



Rembrandt van Rijn (1606-1669) COTTAGES BESIDE A CANNAL: A CHURCH AND SAILLING-BOAT 1645年 (B228)
CottageCanal
source: REMBRANDT'S ETCHINGS 1912



Rembrandt van Rijn (1606-1669) THE BOAT-HOUSE 1645年 (B231 S1)
boat-house
source: REMBRANDT'S ETCHINGS 1912



Rembrandt van Rijn (1606-1669) A COW DRINKING 1650年 (B237 S1)

source: REMBRANDT'S ETCHINGS 1912



Rembrandt van Rijn (1606-1669) A HAY-BARN AND A FLOCK OF SHEEP 1650年 (B224 S2)

source: REMBRANDT'S ETCHINGS 1912



Rembrandt van Rijn (1606-1669) A COTTAGE AND HAY-BARN 1641年 (B226)
cottage&hay-barn1641
source: REMBRANDT'S ETCHINGS 1912



Rembrandt van Rijn (1606-1669) A COTTAGE AND A LARGE TREE 1641年 (B225)
cottage&large-tree1641
source: REMBRANDT'S ETCHINGS 1912



Rembrandt van Rijn (1606-1669) THE WINDMILL 1641年 (B233)
水車1641
source: REMBRANDT'S ETCHINGS 1912



Rembrandt van Rijn (1606-1669) COTTAGE WITH A WHITE PALING 1642年 (B232)
コテージ1642
source: REMBRANDT'S ETCHINGS 1912



Rembrandt van Rijn (1606-1669) CANAL WITH AN ANGLER AND TWO SWANS 1650年 (B235 S2)
CanalAnglerTwoSwans
source: REMBRANDT'S ETCHINGS 1912



Rembrandt van Rijn (1606-1669) CANAL WITH A LARG BOAT AND BRIDGE 1650年 (B236 S2)
CanalLargeBoatBridge
source: REMBRANDT'S ETCHINGS 1912



Rembrandt van Rijn (1606-1669) A MILKMAN 1650年 (B213 S2)

source: REMBRANDT'S ETCHINGS 1912



Rembrandt van Rijn (1606-1669) AN OBELISK 1650年 (B227 S2)
an oberisk 1650
source: REMBRANDT'S ETCHINGS 1912



Rembrandt van Rijn (1606-1669) TREES, FARM-BUILDINGS AND A TOWER 1650年 (B223 S4)
farmbuildings and a twer
source: REMBRANDT'S ETCHINGS 1912



Rembrandt van Rijn (1606-1669) VIEW OF AMSTERDAM 1640年 (B210 S2)
Amsterdam
source: REMBRANDT'S ETCHINGS 1912



Rembrandt van Rijn (1606-1669) A square tower 1650年 (B218 S3)
Square Tower
source: REMBRANDT'S ETCHINGS 1912



Rembrandt van Rijn (1606-1669) THE GOLDWEIGHER'S FIELD 1651年 (B234)

source: REMBRANDT'S ETCHINGS 1912



上の絵を左右に分け、大きくしたものです。左側。
Goldweigher's field Left
source: REMBRANDT'S ETCHINGS 1912



右側。
Goldweigher's field Right
source: REMBRANDT'S ETCHINGS 1912



Rembrandt van Rijn (1606-1669) FARM BUILDINGS AND A MAN SKETCHING 1645年  (B219)
Rembrandt3
source: visipix.com



Rembrandt van Rijn (1606-1669) THREE GABLED COTTAGES BESIDE A ROAD 1650or1651年? (B217 S3)
Rembrandt3
source: visipix.com



Rembrandt van Rijn (1606-1669) A ROAD BESIDE A CANAL 1652年 (B221)
LandscapeWithARoadBesideACanal
source: REMBRANDT'S ETCHINGS 1912



Rembrandt van Rijn (1606-1669) CLUMP OF TREES WITH A VISTA 1652年 (B222 S2)
ClumpOfTreesWithAVista
source: REMBRANDT'S ETCHINGS 1912



Rembrandt van Rijn (1606-1669) THE THREE TREES 1643年 (B212)
Rembrandt4
source: visipix.com



Rembrandt van Rijn (1606-1669)
Rembrandt4
source: visipix.com



Rembrandt van Rijn (1606-1669)
Remdrandt5
source: visipix.com



Rembrandt van Rijn (1606-1669)
アムステルダム2
source: visipix.com



Rembrandt van Rijn (1606-1669)
アムステルダム3
source: visipix.com



Rembrandt van Rijn (1606-1669)
Drawing4
source: visipix.com



Rembrandt van Rijn (1606-1669) WOMAN READING 1634年 (B345 S2)
woman reading 1634 s2
source: REMBRANDT'S ETCHINGS 1912



Rembrandt van Rijn (1606-1669) THE PANCAKE WOMAN 1635年 (B124 S2)
pancakewoman
source: REMBRANDT'S ETCHINGS 1912



Rembrandt van Rijn (1606-1669) THE STROLLING MUSICIANS 1635年 (B119 S1)
strolling musicians 1635 s1
source: REMBRANDT'S ETCHINGS 1912



Rembrandt van Rijn (1606-1669) RECEIVER-GENERAL(THE'GOLD-WEIGHER') 1639年 (B281 S3)
goldweigher
source: REMBRANDT'S ETCHINGS 1912



Rembrandt van Rijn (1606-1669) STUDENT AT A TABLE BY CANDLELIGHT 1642年 (B148)
student
source: REMBRANDT'S ETCHINGS 1912



Rembrandt van Rijn (1606-1669) BEGGARS RECEIVING ALMS THE DOOR OF A HOUSE 1648年 (B176 S2)
beggars
source: REMBRANDT'S ETCHINGS 1912



Rembrandt van Rijn (1606-1669) JEWS IN SANAGOGUE 1648年 (B126 S1)
JEWS
source: REMBRANDT'S ETCHINGS 1912



Rembrandt van Rijn (1606-1669) THE MARRIAGE OF JASON AND CREUSA 1648年 (B112 S4)
MARRIAGE
source: REMBRANDT'S ETCHINGS 1912


掲載している作品のすべてに、レタッチ・ソフトによる調整を行っています。


注1:各作品の上、タイトルの右側()内にあるB○○は一般的作品番号
S○はステート数(一回目の摺りから、何回か修正され
摺りなおされた作品がかなりあります。
この段階を表しています)

注2:素描作品について:レンブラントの素描作品は、1400枚程度が
残っているようです。当時の生活の様子を知るには、素描作品の方が
当時の状況をよく伝えてくれていると思われるものが多いのですが
当ページに掲載できる絵が、今のところほとんどありません。

ご参考になりそうな本、ホーム・ページを下記いたします。

本:Dover「Drawings of Rembrandt」Volume1,2(英語)
合計550枚(モノクロ)を掲載しています。

ホーム・ページ:http://www.rembrandtpainting.net/
素描は70枚程度を公開しています。油絵、銅版画を
含むレンブラントの総合的紹介サイトです。(英語)

注3:レンブランが版画の用紙として日本の紙・和紙を使用した作品が
240枚程度確認されています。素描作品にも約20枚程度の確認が
されているようです。ただし、使用した紙については
まだ十分に調査がされている状態ではないようです。
特に、素描作品にいえるようです。

レンブラントが版画に使用したことが確認されている和紙は
「雁皮(がんぴ)」紙がほとんどのようです。雁皮紙は
日本独自の紙で、繊維が細く密に絡み合った
表面の滑らかな、一般に大変に薄い、
滲みの少ない高級紙です。

例外的に厚手の「鳥の子紙」と言うものも
あります。ただ、雁皮紙は、多く使われ
ていた紙の類ではありません。
(注:鳥の子は厚い雁皮以外の
意味にも使われることが
あります)

もう一つ、私としては、気になるのが、素描に使用されている
インクでIndian inkというものですが、このインクは
墨汁のことです。レンブラントの時代に
このインクがどのように流通していた
のか?(a) 少し調べてみたいと
考えています。

(a): レンブラントと同時代の人で墨を使用して
     いる方がある程度いることが分りました。

   このことは
  「16-17世紀オランダ・フランドル風景素描の
   世界展」2000年、東武美術館の図録で知っ
     たことです。

   この図録の中の技法材料用語集として
   ウィリアム・ブラッドフォード著
   高橋美彌子訳で、「カーボン黒インク」
   解説がありましので、一部引用いたします。

   「カーボン黒インク(いわゆる墨)は、・・
   (中略)
   このタイプのインクの製造法は、16世紀に
   ヨーロッパにはじめて現れる。
   当時はしかしながら、まだ中国製の手作り
   墨が最上質とみなされていた。
   これらのインクは短い棒に圧縮された形で
   生産され、使用時に硯の上で磨って好みの
   濃さで水と混ぜ合わせられるように
   なっていた。」



注4:イカ墨インクについて。レンブラントがイカ墨インクを使用し
たと書かれているものがかなりありますが、私の調べている範囲
では、ほとんどありません。本で素描作品を約600枚程
見てみましたが、1枚それと思われるものがあった
だけです。1650「A farmhouse with haystack
between trees」(木に囲まれた干草の山と
一軒の農家)にPen and bistre, wash in
bistre and sepia.とあります。この
sepiaがイカ墨と思われるだけです。

素描で圧倒的に多いのは、bistre・ビスタ(煤原料の墨系)と
書かれているものですが、最近の科学的分析では色素が
カーボン・煤ではなく、鉄系の物質との結果が
出ている作品があるようです。
(アイアン・ゴル・インク)

アイアン・ゴル・インク(iron gall ink)について

日本名を没食子(もっしょくし)インクと言います。
英語名、日本名ともに聞きなれない名前だと思います。

このインクは、硫化鉄、タンニン系の物質、アラビアゴム、水分などから出来ているものです。

筆記用の中心的インクとして西欧で、11世紀頃
から20世紀中頃まで使い続けられていたインクです。

万年筆用のインク、ブルーブラックがこれにあたり
ました。
このインク、上の成分だけでは、透明に近いものだ
そうです。
書いて初めて色が出る。
これでは不便なので、ブルーの染料を入れてある
そうです。

現在のブルーブラックでこの成分のものは、ほとんど
ないようです。

このアイアン・ゴル・インクの良さは、耐久性、耐水性
があるところです。

ただ、大きな欠点がありまして、長い間に硫酸分が分離
してしまい、紙をボロボロにしてしまうそうです。
現在、古い重要な資料の保存がこのことで問題になって
いるようです。

また、色も黒から茶色へ退色してします欠点も
あるようです。

レンブラントの素描なども、当初からあれほどの
茶色ではなっかたと推測されている方もいます。



ビスタ(bistre)について

ビスタについても、カーボン黒インクと同じ図録より
引用いたします。

「ビスタは、木の煤から水溶性のタールを抽出すること
 によって作られる。
 その色は金褐色から灰褐色までの幅を持ち
 それは燃やされる木材の種類や質に応じたものと
 なっている。
 他の褐色インクと区別するのはむずかしいが
 表面がざらざらして見えることが多い。
 ビスタの色は、アイアン・ゴル・インクやチョークと
 混ぜ合わせることによって変化させることもできる。
 (略)」

フランス語でbistre、英語ではbister,bistre(英)です。
両方とも、鉄錆色とか濃褐色を意味する言葉でもあり
ます。



レンブラントの銅版画用のインクについて

銅版画に使用したインクは、油性でカーボン=炭素系の
顔料と言われています。

線の黒さを現在まで保っているところから考えても
カーボン系と思われます。

カーボン系と言っても煤、炭、鉱物など色々な原料が
考えられます。

この時代に用いられた原料は、墨と同じ煤であろうと
言う推定が一番多いです。

ただ、煤と言っても、この中でも色々な物があります。

水性の墨(紙に書いて乾燥させた後は耐水性になります)
との関係もありますので、大変に分りにくい状況ですが
少し調べてみたいと思っています。
(私、一般的に言われている内容に、疑問を持って
 いるところがあります)

注:墨が完全な耐水性となるには、筆記後約10日間が
  必要です。


セピア色とは、イカ墨からきた言葉です。

当時の「素描画を描いている様子」と思われる油絵が
見つかりましたのでご覧ください。

ヤン・ステーン Jan Steen(1629-1679) 「The drawing lesson」部分
SteenDrawingLesson部分

source: visipix.com
テーブルの一番手前にある肖像画は版画と言われています。



ヤン・ステーン Jan Steen(1629-1679) 「The drawing lesson」全体
SteenDrawingLesson全体
source: visipix.com


さらに、17世紀後半、オランダでの紙漉の様子もご覧ください。

ヤン・ライケンと息子画・著「人の職業」1694年初版出版
papiermaker.gif
オランダのフリーソースを使用。レタッチ処理。


レンブラントの東洋への関心について:

レンブラントは、1656年に破産しますが
その時にレンブラントの資産目録が作られて
います。私が見る事の出来ているのは、この
目録の内、"絵画"関係部分の目録のみですが
レンブラントは、東洋の事へある程度関心を
持っていたと思われる項目がありましたので
2項目を下へ掲載いたします。1835年刊行の
英語版の本に掲載されている、資産内容の
一部です。



A Japan or Chinese Cup.

A Book, containing Chinese Drawings in miniature.

上記以外の部分では
AN Chinese Basket, containing・・
と言った項目か、多数あります。また
Indian・・と言った項目もかなりあり
ます。このIndianと言う言葉ですが
インドのと言うよりも、アジア全体を
意味しているように思われます。
Indian inkなどは、その例であるよう
に思われます。
 
レンブラント1656年の資産目録の「絵画など」の部分
全リストを作成いたしました。下のリンクボタンで
移行、ご覧いただけます。英語表記としました。



Link_ShisanMokuroku


追記(2009年1月18日):レンブラントが東洋画にふれる機会について

レンブラントの創作時期と生活の場所を考えたとき
レンブラントは、否応なしに東洋の絵を目にしてい
たであろうことに気が付きました。

それは、特に中国の陶磁器を通してです。1604年
から1657年までに、オランダ東インド会社が輸入
した中国磁器は、300万個と言われます。

これらの陶磁器に描かれている絵は、抽象化された
草花紋ばかりではありません。むしろ、花鳥画
風景画、人物画の方が多いようにみえます。

レンブラントは、これら貿易の一大拠点であるアムステルダムで
生活をしていました。それも、街の中心地といえるようです。

また、友人関係では、画家フィリップ・アンヘルと言う人が
友人であったようです。この方は、東インド会社の代理人と
して長い間、バタヴィア(ジャワ)とイスパハンに勤務して
いた人だそうです。さらに、東インド会社の社長を務めた
アブラハム・ウイルメルドンクスと親しかったようで、この
方の肖像画をレンブラントは描いてると言う記述があります。
(友人関係の元資料:みづえ、1956年、SEPTEMBER、614
フランツ・ロー氏の論文、土方定一氏訳)

[付足し]

多くの方がお持ちになる感じではないと思いますが。

私、レンブラントの銅版・素描風景画を見るだびに、何か東洋の山水画と
共通した雰囲気を感じ続けてきました。山水画と言っても険しい岩
や山を描いたものではなく、平地を扱ったものです。

山水画の場合、山や平地だけを画いてもサマにならないものです。
そこには川や海の「水」がないと、落着いた絵にはなりません。
この落着き、静寂感が山水画には重要な要素になっています。
レンブラントの絵にも平地と川・海があり、静寂感がある。

この平地と運河・海の組み合わせは、オランダという地域性にも依る
のでしょう。

また、山水画には、「点景人物」を絵の中に入れる伝統があります。
点描人物は絵の中で主役みたいになってはいけないのですが。
芥子園画譜などでは、お互いに助け合う関係と言います。

レンブラントの銅板・素描風景画にも、この点景人物的な人物が多く
描かれています。

平地と水点景人物の存在などがこの共通性を感じさせる
原因かと思います。


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制作・責任:安藤 勇