オランダ・ベルギーの絵画、蝶のいる静物画編

「花と小動物で描かれた小宇宙(Microcosm)」

1600年代はじめより

下に掲載いたしました作品に描かれている蝶たちは、すべて
日本に生息している蝶たちである、と考えられます。
ただし、同種の蝶:キアゲハ・クジャクチョウ
ヤマキチョウなどは、ヨーロパにも生息して
いるようです。また生息地域の広い蝶たち
が多いようです。日本から持ち込んだも
の とは、安易に言えない状況です。


ヤン・ダーフィッツ・デ・ヘーム (1606-1683)

source: visipix.com



ヤン・ダーフィッツ・デ・ヘーム (1606-1683)
ヘーム2
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クジャクチョウ、キアゲハなどが描かれています。

上2枚の作品に描かれている濃い青色系の花は
「朝顔」と考えてよいのではないでしょうか。他の
作品にも描かれています。掲載できないのですが
息子だけではなしにこの方にも「ホオズキ」を描
いた作品あります。東洋風の陶磁器が描かれて
いる作品もありましたので、下へ 掲載いたします。

AsagaoIAb.gif
東洋画風の「朝顔」自作

ヤン・ダーフィッツ・デ・ヘーム (1606-1683)
Heembreakfast.gif
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この絵の器は、日本製の物か、オランダのマヨリカまたはデルフト焼で東洋の物を
模して製作された物か、中国製の物であるように思えます。


 
ヤン・ダーフィッツ・デ・ヘーム (1606-1683)

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ヘーム、スパエンドンク(スペンドンク)の静物画部分

上の絵に描かれている蝶は、キアゲハ、モンシロチョウ
モンキチョウ、ヤマキチョウと思われます。

「キアゲハ」
Kiageha
「日本の昆虫」図鑑掲載の写真を
絵にしてみたものです。自作


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モンシロチョウか、下の写真と同じ
スジグロシロチョウと思われます。

写真:スジグロシロチョウ

2007/07/16撮影



ヤン・ブリューゲル (1568-1625)

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アンブロジウス・ホスハールト (1573-1621)

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アンブロジウス・ホスハールト (1573-1621)

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蝶は、ジャノメ蝶の仲間で、コジャノメかナミジャノメと思われます。



アンブロジウス・ホスハールト (1573-1621)

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アンブロジウス・ホスハールト (1573-1621)

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上部の蝶は、ゴマダラチョウと思われます。



アンブロジウス・ホスハールト (1573-1621)

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アンブロジウス・ホスハールト (1573-1621)

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上の絵の部分

アカタテハかヒメアカタテハを描いたものか。
ヒメアカタテハは、大変に生息範囲の
広い蝶のようです。



アンブロジウス・ホスハールト (1573-1621)

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上の絵の部分


写真:同じ系統のシジミチョウ

2007/07/18撮影



ルーラント・サーフェリー Roelandt Savery (1576-1639)
Savery
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右上の蝶は、ヒメアカタテハに似ています。



ダニエル・セーヘルス (1590-1661)
Daniel_Seghers
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アブラハム・ファン・ベイエレン (1620/21-1690)

source: wikimedia commons


写真:上の絵右側の蝶と同じ系統のキチョウ
キチョウ
2007/09/13撮影



ウィレム・ファン・アールスト (1627-1683)

source: visipix.com
ヒメアカタテハを描いたもなか。



ウィレム・ファン・アールスト (1627-1683)

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モンシロチョウと思われます。



コルネリ・デ・ヘーム (1631-1695)

source: wikimedia commons



ヤン・ファン・ケッセル Jan van Kessel 1653年
ケッセル昆虫図
source: wikimedia commons
左上がヒオドシチョウ、右上がヒョウモンチョウ、右中央がベニスズメ
左側中央より少し下がヒョウモンエダシャクあたりではないでしょうか。

ヤン・ファン・ケッセル Jan van Kessel 1653年
JanvanKessel2.gif
source: wikimedia commons

大きく描かれたトンボは、ギンヤンマのオスではないでしょうか。
この類のトンボは、止まる時、羽根を広げて止まるはずです。
生態を観察して、描いたものではないように思われます。

(ヤン・ファン・ケッセルには、同じ名前の人が、二人います。
親子のようですが、制作年から考えて父親の作品と思われます)


続いて、日本の江戸時代、円山応挙の写生作品を5枚ご覧ください

円山応挙(1733-1795) 写生帖
円山応挙写生1
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円山応挙(1733-1795) 写生帖
円山応挙2と3
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円山応挙(1733-1795) 写生帖
OhkyoButterflies4_5.gif
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コルネリス・ファン・スパエンドンク(スペンドンク) 1804年

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右側の蝶は、ヤマキチョウです。



コルネリス・ファン・スパエンドンク(スペンドンク)

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上の絵の部分

ヤマトシジミかシルビアシジミ
ではないでしょうか。

写真:似た系統のシジミチョウ1

2007/07/19撮影
ルリシジミのメスかと思われます。
メスには、羽に黒いヘリがありますが
オスには、黒いヘリがほとんどなく
絵と似た感じになるようです。

写真:似た系統のシジミチョウ2
シジミチョウ2
2007/11/12撮影
この写真の蝶よりさらに、ヘリの色が薄い
ものもいるのですが、なかなか
撮影出来ません。

「今までに分ったことの箇条書」
 
1.1500年代終わりに、ライデンに世界でも最も古い方に入る植物園が出来ます。
  この植物園の中心人物であり、ライデンの市長でもあった Carolus Clusius 
    (1526-1609)と言う方は、1602年に出来たオランダ東インド会社にたいして
  異国の植物(乾燥ものも)を採集してくるよう依頼をしています。

  この植物園の規模は、かなり小さかったようですが、それでも1000種以上
  の植物が植えられていたといいます。
  
  また、西洋植物医薬の権威とも言えるドドネウス(1517-1585)も、没年の
  1585年に、ライデン大学の医薬の教授に招かれています。
  (注:ライデン大学へ招かれた年を、1582年からとするものもあります)
  ベルギー出身のドドネウスと言う方は「CRUYDT BOEK,日本名:草木誌」(1554年
  初版)を著した人です。

  この本は、オランダ語のみに留まらず、フランシ語、英語、ラテン語などに
  翻訳され、増補改訂されながら何回も版を重ねた本です。
  初版本が出てから3年後に出版されたフランス語翻訳本は
  上記ライデンの市長及び植物園の中心人物になったCarolus Clusiusによる
  ものです。
  
  日本へは、江戸時代初期にオランダ商館の人が持ち込み
  将軍へ献上している本です。
  日本での蘭学研究のきっかけになった本の中の1冊です。
Dodoens "CRUYDT-BOECK"
dodoens
ウィキメディアコモンズより。1644年頃の版。
500ページ近い大作です。
  1638年には、アムステルダムにも植物園が出来ます。
  1600年代後半に、ライデンの植物園には、温室も出来ます。

2.1690年頃の話となりますが、かなりの量の昆虫標本を東インド会社のリーダー
  たちが持っていたことが、女流画家であり、昆虫・植物の研究者でもあった
  マリア・ジビーラ・メーリアンの本に書かれています。

  マリア・ジビーラ・メーリアンという方は、手彩色銅板の見事な挿絵入りの
  「スリナム産昆虫変態図譜」(1705年)という本をあらわした人です。

  この本は、絵が素晴らしいだけではなく、当時はまだ知られていなかった
  昆虫の卵から幼虫、サナギ、さらに成虫へと変化する様子とこれらの昆虫が
  食糧とする植物を合わせて描いています。

  この本に描かれているは、当時オランダの植民地であった南アメリカの北東部に
  あるスリナムに渡航、観察して描かれた昆虫(小動物を含む)と植物です。

  この本の出版にあたっては、自費を投入して発行されたことだけが強調されて
  いるように思われますが、アムステルダムの植物園の人たちの協力もあって
  実現しているようです。

  マリア・ジビーラ・メーリアンの肖像画、「スリナム産昆虫変態図譜」の
  挿絵、「スリナム産昆虫変態図譜」の前文に書かれたオランダの
  コレクションの様子を下へ掲載いたします。

マリア・ジビーラ・メーリアンの肖像画
Maria Sibylla Merian(1647Frankfurt-1717Amsterdam)

ウィキメディアコッモンズより
当時の標本の様子も分かる絵だと思います。


スリナムの昆虫とその食性植物
スリナムの蝶
ウィキメディアコッモンズより

「スリナム産昆虫変態図譜」前文
    In Holland, I noted with much astonishment what beautiful animals
    came from the East and West Indies.

    I was blessed with having been able to look at both the expensive
    collection of Doctor Nicolaas Witsen, (注1)
    mayor of Amsterdam and director of the East Indies society
    and that of Mr. Jonas Witsen, secretary of Amsterdam.

    Moreover I also saw the collections of Mr. Fredericus Ruysch
    doctor of medicine and professor of anatomy and botany
    Mr. Livinus Vincent, and many other people


    In these collections I had found innumerable other insects,
    but finally if here their origin and their reproduction is unknown
    it begs the question as to how they transform,
    starting from caterpillars and chrysalises and so on.

    All this has, at the same time
    led me to undertake a long dreamed of journey to Suriname.

    (foreword in Metamorphosis insectorum Surinamensium)
ウィキペティアより

(注1)この方(Nicolaas Witen)、ニコラース・ヴィッテェン
    日本研究の先駆者アンドレアス・クライアーと交信のあった人です。
   
   
この辺の状況も、「ドイツ人の見た元禄時代 ケンぺル展」1990年の
    解説「ケンペルの先駆者クライアーとマイスター」グラフト・エーバ S著
    から一部引用いたします。

   「クライアーと友好関係を持った学者は多かった。(中略)
    後にアムステルダム市長を務めた博物学者ニコラース・ヴィッテェン
    Nicolaas Witenは、アジアから学術的に貴重な指摘を彼に与えてくれた
    数少ない人物として、クライアーとデ・イエーガーの名前を記している。
    (中略)
    その他にも、クライアーは日本から多くん植物画"Flora Japanica"を
    アムステルダムのヴィッテェン市長(現在オックスフォード大学に
    保管されている)とベルリンの大公(日本人によって描かれた
    約1300のの絵はベルリンに、またマイスターやその他のヨーロッパ人の
    てによるものはクラカウ市に保管されていることが最近報告されている)に
    またそれより数を少し減らして、ダンツィヒ市の植物学者ヤーコブ・ブライ   
    ンJacob Breyn にも贈った。」

3. オランダと言えばチューリップ
  上に掲載の静物画で、かなり中心になっているのもチューリップです。
  このチューリップは、16世紀の終わりにオランダに伝わったばかりの物です。
  決して伝統的なものではなく、エキゾティックな花であったと言えるようです。
  この辺の状況を、ウィキペティアより引用し、下へ掲載いたします。

 オランダへの伝播 (ウィキペティア、チューリップ・バブルより引用)

  チューリップの発祥は天山山脈と伝えられる。
  オスマン・トルコは勢力を広げるなかでチューリップと出会い
  たちまちのうちに魅了されてしまった。
  やがてコンスタンティノープル(イスタンブール)を陥落させると
  トルコ人たちは荘厳な宮殿を建立した。
  そこで幾種ものチューリップが栽培・品種改良され
  衣服の模様や絵画に登場した。

  16世紀になると、商人によってヨーロッパ各地に伝えられた。

  膨大な品種が系統だてられてチューリップが認識されるようになるのは
  植物学者カロルス・クルシウスの研究による。
  フランクフルトで細々と球根植物を研究していたクルシウスは
  1593年、ライデン大学に招聘された。
  彼は豊富なチューリップの球根とともにライデンに移り
  そこでチューリップの研究・栽培をすすめた。
  このことが、オランダにチューリップを伝えることになった。(引用終り)

  
ここにで出てくるカルロス・クルシウスと言う方は、1.に記述している
  Carolus Clusiusと同一の人物です。
  
また、この方および同じく上述のドドネウスは、南米産のジャガイモの研究にも
  関係していた人たちです。

  
また、シクラメンが描かれた作品が、かなりありますが
  どうも、シクラメンもチューリップと同じような伝わりかたをしているようです。
  原生するのは、トルコからイスラエルの地域で
  オランダ方面へ伝わったのは、17世紀初めごろと考えられています。

  17世紀オランダの静物画は、異国情緒の大変強いものである
と言えるようです。


4. 植物について。

  朝顔、ホオズキ、(アジサイ)と思われる花や実が描かれている作品がある程度
  あります。
  私、これらも日本に関係していたのではないかと思っておりまして
  調べてみております。

  アジサイに似た花を描いている人には、コルネリス・デ・ヘーム(1631-1695)
   アブラハム・ファン・ベイエレン(1620/21-1690)
  ウイレム・ファン・アールスト(1627-1683)
  ヤン・ファン・デン・ヘッケ(父 1620-1684)
  コルネリス・ファン・スペンドンクなどがいます。
  この内、ベイエレン(上に掲載)、アールスト(上に掲載)とヘッケは
  花の葉も描いていますが、葉の形が柏の葉のような切れ込みのある葉を
  描いています。
  アジサイであるとしても、一般的なアジサイではなく、柏葉アジサイと
  言うことになるようです。
  柏葉アジサイの花は、花の色は白色が主ですが、花の形が毬状えはなく
  尖った咲き方が多いようです。

  描かれている花は、アジサイとは違う花である可能性が高いかもしれません。

  2008年6月28日追記:アジサイに良く似た花に”オオデマリ”と言う
  植物がありました。
  スイカズラ科、学名:Viburnum plicatum、ビバーナム(ビブナム)とも呼ぶ
  ようです。
  このオオデマリにも葉が、アジサイと同じように、卵形のものと柏のような形の
  ものがあります。
  この仲間の一種で”スノーボール”と呼ばれるものが、ヨーロッパで広く
  栽培っされていて、柏形の葉が多いようです。
  静物画に描かれているのは、この可能性が大きいように思われます。
  ”オオデマリ”の原産地は、日本と記述しているものが多いです。
  ただ、”スノーボール”の原産も日本であるのか、もう少し調べる必要が
  あります。
  
  下に3種類の写真を掲載いたします。

  1690年9月25日から1692年10月3日まで2年間、日本に滞在した
  エンゲルベルト・ケンペル(Engelbert Kampfer,1651-1716)が生前に
  著した本「廻国奇観」(1715年初版)に、かなりのページを使って日本の
  植物が紹介されています。
  この中に、牛牽(朝顔・アサガオの当時の書き方、中国では現代もこの字)
  酸漿(ホオズキ)、紫陽(紫陽花、アジサイ)も紹介されています。

  内容の書かれ方ですが、漢字を見出し語として、その後にラテン語で
  漢字の音読み、続いて日本の一般的読み方と続いているようです。
  ただ、横書き漢字は右から読む形になっているようですが、入れ違って
  いるものもあります。

  この本を、ラテン語の原本の状態で公開してくれている大学があります。
  京都大学電子図書館内のリンク先を下記いたします。
  (別ウインドウで開きます)

  牛牽(アサガオ)
  http://edb.kulib.kyoto-u.ac.jp/exhibit/b72/image/01/b72l0928.html
  酸漿(ホオズキ)
  http://edb.kulib.kyoto-u.ac.jp/exhibit/b72/image/01/b72l0857.html
  紫陽(アジサイ)
  http://edb.kulib.kyoto-u.ac.jp/exhibit/b72/image/01/b72l0926.html
  
  また、ケンぺルは、200点ほどの東洋の昆虫類や貝殻を持ち帰っていた
  ようです。
↓ 柏葉アジサイ。写真1
↓ 柏葉アジサイ。写真2
KasiwabaAjisai2.gif
↓ 白みの強い標準的なアジサイ。写真3
↓ オオデマリ、葉が卵形のもの。写真4
ViburnumPlicatum.gif
写真4は、ウィキペイアより、写真投稿者:KENPEIさん。(トレミング)

5.推定に近い域をまだ出ませんが

(1) オランダは、東洋、アメリカなどへの航海が出来るようになった1600年前後
  には、東洋やアメリカの植物や昆虫などの小動物にもに、すでに強い関心を
  持っていた。

  この関心は、東洋的に言えば「本草」、薬学に強く関係していたと思われます。
  薬学のみならず、お茶やコショーに代表されるように、飲食にも関係していた
  とも思われます。

  Tea・お茶が西欧に広まった切っ掛けにも、オランダが大きく関係しています。
  1610年頃からと言われていますが、オランダが中国・日本を仕入元として
  輸入するようになってからと言われています。

  これより前1500年代後半には、ポルトガルが少量持ち込んでいたようですが
  高価で、ごく1部の人のみしか飲むことはなかったと言われています。

  お茶を飲む習慣が広くおこなわれるようになったのは、オランダからです。

  中国や日本でもそうですが、オランダでもお茶を飲むことには、薬効的効果が
  考えられていた面もあります。

  抹茶などには、豊富なビタミン類が含まれまれています。
  ただ、お茶の一般的飲み方・お湯による抽出液には、あまり含まれません。

  エスパニア(スぺイン)の人で、オランダの人ではありませんが
  アビラ・ヒロンは「日本王国記」(未刊)の中に「茶の湯」のことを
  書いています。
  茶は1種の薬草で、特に頭痛に特別の効果があり、眠気を払い、脳の働きを
  強めると書いています。
  (注:フランソア・カロンの「日本大王国志」とは別の物)

  17世紀の西欧でのお茶は、緑茶か半発酵のお茶(烏龍等)であったそうです。
  完全発酵の紅茶は、まだほとんどなかった。

  (このお茶の話に関しては、ウェブ・ページにかなりの量の記述があります。
   '紅茶の歴史'、'history of tea'などで検索をかけるとご覧になれます)

  また、上に挙げたホオズキやアサガオも、当時の中国や日本では、薬用の
  植物として扱っています。


(2) このような関心は、クライマーやケンペル、さらに1820年代に来朝した
  シーボルトの日本研究にまで続いていったと考えてよいのでしょう。
  
(3) 上記のマリア・ジビーラ・メーリアンの本「スリナム産昆虫変態図譜」も
  昆虫は、植物の受粉などに強く関係していますので、単に珍しく綺麗なものと
  言うだけではなかったように思われます。
 
− 現在までに分かったことは、以上です。2008年6月28日 −
 
 
「気になること」
 
 17世紀オランダの静物画のことをウェブで調べていて、気になることがあります。

 17世紀オランダの静物画を、「ヴァニタス(虚栄)」と言う方がされています。
 (バニタスと書くものもあります)

 フラワーアレンジ・デザイン系や絵画解説のホームページなどに書かれている
 ものです。

 「ヴァニタス:vanitas」と言う言葉を、「虚栄」と日本語に訳すこたから誤解が
 生じているように思います。

 日本語の虚栄と言う言葉は、「実質を伴わない外見だけの栄誉、うわべを飾って
 自分を実際より良く見せようとすること
」(広辞苑)などを意味し
 良い意味では使われません。

・まず、描かれた内容に虚栄的なものがあるかをみてみます。

 確かに、17世紀のオランダ静物画に描かれている花、果物、穀類、昆虫などには
 身近にあったものではなく、交易で知ったと思われる物がかなりあります。

 だからと言って、これを虚栄とは言えないでしょう。

 花や蝶を見ていますと、大変に写実的なことに驚かされます。

 蝶に関して考えて見ますと、当時蝶の図鑑などあったようには思われませんので
 実物(生死を別にして)を見て描いたか
 そうでなければ相当に精密な絵を基にしたかどちらかだと思われます。
 描かれた対象物は、絵空事と言うわけではないようです。

 身近でないものや、同時に咲いたりしないものを組み合わせて描き飾ることが
 「虚栄」と言うのもおかしいように思います。

・「ヴァニタス(vanitas:ラテン語)」をオランダの静物画に使う場合
 vanitas painting=寓意画(ぐういが:他の物にたとえて意見や教訓を描いた絵)
 と説明しているものもありますが
 この場合、vanitas paintingが寓意画の一種と言っているだけであって
 vanitasの持っているさらに限られた意味は、説明されていないと思います。

・ラテン語のvanitasをラテン語ー英語、ラテン語ーフランス語で調べてみても
 「虚栄」に相当する意味合いは、派生的な意味で、一部使われる程度です。

 英語では、emptiness, untruthfulness、futility, foolishness, empty pride
 フランス語では、etat de vide(空の状態) ,de non-realite(非現実)です。

 (英語のvanityは、日本語の虚栄に相当し、語源がvanitasのようです。
  また、上のempty praideもこれに近いと思えますが)

・この「ヴァニタス」という言葉の意味は、人生のはかなさや、虚しさを意味して
 いるようです。
 虚栄という言葉をあえて使うとすれば、「虚栄の現世」ほどの意味になると
 思います。

 17世紀オランダの静物画には、宗教的なものを含めて人生観や世界観が
 表現されています。
 描いた対象物で、現世のはかなさを現していると思われる絵が、沢山あります。

 「ヴァニタス」と言う言葉を使った人は、この現世の虚しさ・はかなさを
 「ヴァニタス」という言葉で表現したようです。


 「ヴァニタス=虚栄」の日本語訳は、的外れのように思われてなりません。

追記:
"ヴァニタス・vanitas"に関して、ラテン−英語辞典で
著作権上の問題がないと判断される代表的な辞書がありま したので
スキャニング・リメイクしたものを下へ掲載いたします。

vanitas.gif
source: A LATIN DICTIONARY FOR SCHOOLS,OXFORD, CHARLTON T. LEWIS.
First published 1889.Reprinted 1951.
下線と色変更は私が行いました。
T.Propは原義を U.Praegnは示唆的意味を
V.Figは通常の意味から外れた使い方を表しています。
vanityは,Vに入っています。


英語のvanitytと言う言葉も、昔は、虚栄のような意味合いは
少なかったようです。上のラテン語と同じような意味で
使われていたようです。1864年のウエブスター
英語辞典を下へ掲載いたします。

上から5行目の英語
Vanity of vanities, saith the preacher; all is vanity.
旧約聖書の伝道の書と言う項目の中にある言葉です。ラテン語(聖書の標準的語)では
vanitas vanitatum dexit Ecclesiastes vanitas vanitatum omnia vanitas.
と書かれている言葉です。この言葉が、ヴァニタス画などに使用されるvanitasの意味の大元だそうです。
意味が大変に哲学的(?)です。日本語には、「空の空、伝道者は言う、空の空、全て空である」
などに訳されています。日本語に近い中国語の聖書では、下記のように訳されています。
「傳 道 者 説 : 虚 空 的 虚 空 , 虚 空 的 虚 空 , 凡 事 都 是 虚 空」

vanity.gif
source: AN AMERICAN DICTIONARY OF THE ENGLISH LANGUAGE 1864年,WEBSTER.

推考いたしますと、英語のvanityが、現在では虚栄と意味
が強くなっているために、誤訳を生んでしまったと思われます。
この英語のvanityは、時代により言葉の意味は大きく変わる
ものであることを示しています。


ヴァニタス画・vanitas paintingという言葉をまとめててみますと。

ヴァニタス画とは、16世紀・17世紀にオランダ・ベルギーを中心にして
特に静物画、さらに生活画において、聖書の言葉「vanitas vanitatum
直訳:空たちの空、意訳:現世の物事のはかなさ・虚しさ」をスカル(髑髏)
蝋燭、 楽器、花などで象徴・記号化して絵に描き込むことにより暗示させた作品。

また、これ以降の上記意味合いをもつ絵画。

と言えると思います。象徴させた物には
上記以外に、時計、砂時計、貝殻、熟れきった果物などがあります。
これらの多くの物は、これもラテン語で"memento mori"の死の象徴
される物と共通していたようです。"memento mori メメント・モリ"と
いう格言は、「自分が死ぬ存在であることを忘れるな」や
「死ぬことを思い出せ」ほどの意味です。

ヴァニタスの象徴をたくさん描き込んだ作品。
David Bailly (1584-1657) Selfportrait with Vanitas Symbols.
BaillyVanitasSymbols.gif
source: visipix.com.

私には、ラテン語は、ほとんど分りませんが、私なりに調べてみた
大元となるラテン語の文章の解釈を下記いたします
「vanitas vanitatum dexit Ecclesiastes vanitas vanitatum omnia vanitas.」
上の長い文章は、4種の基本的言葉だけで出来ています。
vanitas,dexit,Ecclesiastes,omniaの4語です。
vanitatumはvanitasの格変化形で、属格・複数
日本語では「ヴァニタス
」にあたります。
dexit(原形dico)は「言う」
Ecclesiastesは「伝道者」
omnia(原形omnis)は「全て」

と解釈できるようです。

もう一言つけ加えますと、上に掲載した作品において
ヴァニタスなどの宗教的意味合いが、主題に
なってい るとは言えないと思います。
あくまでも、絵においての 主題は
新しさも持ち色彩が豊富で綺麗な
花や植物 蝶などを視覚的に
楽しむことであった
と思われます。







目録